東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1334号 判決 1985年1月30日
控訴人兼附帯被控訴人 石川保雄
右訴訟代理人弁護士 高田利広
同 小海正勝
被控訴人兼附帯控訴人 新田修祥
右法定代理人親権者(父) 新田一矢
同(母) 新田和代
右訴訟代理人弁護士 岡村親宜
同 藤倉眞
主文
一 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。
1 控訴人兼附帯被控訴人は被控訴人兼附帯控訴人に対し、金二三九八万九四七六円及びこれに対する昭和四四年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人兼附帯控訴人のその余の請求を棄却する。
二 被控訴人兼附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その二を控訴人兼附帯被控訴人の負担とし、その余を被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。
四 原判決の仮執行免脱の宣言を取り消す。
事実
第一当事者の求めた裁判(以下、控訴人兼附帯被控訴人を「控訴人」と、被控訴人兼附帯控訴人を「被控訴人」という。)
一 控訴人
1 控訴事件につき
(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決
2 附帯控訴事件につき
附帯控訴棄却の判決
二 被控訴人
1 控訴事件につき
控訴棄却の判決
2 附帯控訴事件につき
(一) 原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。
(二) 控訴人は被控訴人に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和四四年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。
との判決及び(二)項について仮執行宣言
第二当事者双方の主張及び証拠関係
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決八枚目表九行目「四七七二万五〇〇〇円」を「五一五三万三〇〇〇円」と改める。
二 原判決八枚目裏四行目から同九行目までを「労働省労働統計情報部発行の昭和五八年賃金センサスによれば、学歴計、企業規模計、男子労働者の平均賃金は、年間金三九二万三三〇〇円(内訳、(イ)月間きまって支給する現金給与額金二五万四四〇〇円、(ロ)年間賞与その他特別給与額金八七万〇五〇〇円)であり、被控訴人は、前記障害がなければ、右就労期間中、右以上の収入を得られたものである。」と改める。
三 原判決九枚目表五行目から同一〇行目までを「以上により、被控訴人が失った将来の得べかりし利益の前記債務不履行もしくは不法行為時における現価を複式ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり金五一五三万三〇〇〇円となる。
3,923,300円×0.8×(29.022-12.603)≒51,533,000 (1000円未満切捨)
なお、中間利息控除の方法としては、ライプニッツ式とホフマン式とがあり、ライプニッツ式は複利で中間利息を控除するのに対し、ホフマン式は単利で控除するため、同じ年収額を基礎としても、前者による方が後者によるよりも逸失利益額が少なくなり、稼働期間が長ければ長いだけ、その差が大きいことになる。ところで、逸失利益をできるだけ正確に算定しようとすれば、稼働期間中の昇給を加味して計算しなければならないが、本件の場合には、稼働期間中の昇給を全く加味せず、しかもまだ実際の稼働年齢に達していない被控訴人の逸失利益をそれよりも何年も前の労働統計による年収を基礎として算定するのであるから、中間利息の控除はホフマン式によるのが合理的である。本件の場合ライプニッツ式を採用すれば、計算の基礎となる年収を極めて控え目にしておいて、中間利息の控除だけは厳格に行うことになり、妥当な逸失利益額を算出することができない。」と改める。
四 原判決九枚目裏三行目「つづけなければならないが、」の次に、「右損害額の算定に当たっては、被控訴人の被った本件損害は、控訴人が産婦人科医として身につけていなければならない医学知識を有していなかったために生じたものであり、控訴人の産婦人科医としての責任は極めて重いこと、被控訴人は、本件障害のため、一生重度の障害者として生き続けなければならず、その精神的苦痛は、成年に達した後に同程度の障害を受けた者のそれよりもはるかに長くかつ重いこと、被控訴人は、本件障害のため、普通の子供として成長する生活を失い、将来も、普通の人間としての勤労生活及び結婚生活を失う可能性が大きく、単なる精神的苦痛にとどまらない大きな非財産的損害を被っていること、被控訴人は、本件障害のため、物心つくころから長年通院生活を継続しており、かつその後遺障害は三級に該当する重度のものであること、自賠責保険の最高限度額と連動させる交通事故裁判において後遺障害三級の非財産的損害は一五六七万円とされており、その八割程度を後遺障害慰藉料とみていること、控訴人は、一億円を最高限度額とする医療保険に加入しているので、同人の個人的負担を考慮することなく、社会的に妥当な金額を非財産的損害として算定すべきであることなどを考慮すべきであり」を加える。
五 原判決一〇枚目表一行目「六二七二万五〇〇〇円」を「六六五三万三〇〇〇円のうち五一四四万円」と改める。
六 原判決一〇枚目裏九行目「主張は争う。」の次に「児頭が骨盤上に存在する頭位の場合はレントゲン写真上に骨盤と児頭とが同時に撮影されるので、レントゲン写真により児頭骨盤不均衡の診断をすることが可能であるが、骨盤位の場合は、児頭が母体の骨盤から離れて上方の子宮底にあるため、レントゲン写真による児頭骨盤不均衡の診断は不可能であり、この場合はレントゲン写真によって計測される骨産道の大きさと、児頭の平均値とを比べることによって、児頭骨盤不均衡の診断をすることになる。本件の場合は、産科真結合線は一〇・七センチメートルであり成熟児頭の大横径の平均値は九センチメートルであるから、本件骨盤位では、出産時における和代の骨盤の大きさ(産科真結合線)と児頭すなわち被控訴人の頭の大きさ(児頭横径)の差は少なくとも、一・七センチメートルはあったのである。また、昭和四四年当時は、レントゲン写真による検査法は日本産婦人科学会においても重要視されておらず、むしろ、レントゲン線副作用を重視して軽卒なレントゲン写真の撮影を戒めており、患者自身も頻回のレントゲン写真の撮影を嫌悪するのが実情であった。本件においては、控訴人が産科真結合線判定のためレントゲン写真を撮影し、その判定を訴外東京医大産婦人科教室に依頼したのであり、このことは当時の医療水準に照らして適切な処置であったというべきである。なお、昭和四四年当時はもとより現在においても、産科真結合線と児頭大横径の差がどれくらいあれば安全に分娩できるかという基準については定説がなく、少なくとも当時の医療常識としては差が大きければ大きいほど安全だという程度であった。」を加える。
理由
一 被控訴人は、昭和四四年五月三日、新田一矢と新田和代(以下「和代」という。)との間に出生した男児であり、控訴人は、産婦人科、内科等を診療科目とする石川医院を経営する医師であることは当事者間に争いがない。
二 そこで、まず被控訴人の出生と障害発生の経緯についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
1 被控訴人の母和代は昭和四三年一一月石川医院において、妊娠について控訴人の診察を受けて以来、同医院において定期的に検診を受けていたが、昭和四四年三月ころ骨盤位であることが判明した。
2 控訴人は、和代の骨盤の外測、内測を行い、和代の骨盤の大きさは平均以上であると認識していたが、さらに同女の骨盤のレントゲン写真を撮影し(その撮影時期について、和代は昭和四四年三月一一日であったと供述し、控訴人は同年四月二四日であったと供述しているが、骨盤の大きさは右程度の日時の相違によって変化するものではないから、右撮影日時の相違は、本件争点の判断に影響を与えるものではない。)、その結果により経膣分娩可能と判断したが、念のため右レントゲン写真を控訴人の出身校である東京医科大学産婦人科教室の桶谷正一、斉藤成一、石居秀朗の各医師に見せて意見を求めたところ、同医師らの意見も経膣分娩が可能であるとのことであった。
3 控訴人は、昭和四四年五月二日午前、和代に分娩誘発剤を与え、その服用を指示したところ、同日午後七時ころから出産の徴候が現われたので直ちに同女を入院させた。そして、同夜から陣痛が発来し、翌三日午前九時三〇分ころ自然破水した。
4 控訴人は、そのころ、かねて和代の出産の介助を依頼していた石居医師に連絡し、来院を求めたところ、同医師が間もなく来院し、内診したところ、子宮口三横指開口、子宮口軟く伸展良好、心音も正常で陣痛が続いていた。
5 そこで控訴人と石居医師とは、分娩の方法について相談し、分娩当日の和代の状況、前記レントゲン写真撮影の結果などを参酌した上で経膣分娩を行うことに決定し、必要に応じ帝王切開による分娩も行えるようにその準備を整えた。
6 そして控訴人は、和代を分娩室に移し、浣腸、導尿を行ったところ、陣痛が強くなり、同日午前一〇時三、四〇分ころ、子宮口全開大となった。
7 胎児の位置は第一臀位で、臀部が自然に娩出し、その後、会陰切開を行い、臍部が出たところで(その際、控訴人が臍帯を引き出すようにした。)、石居医師が横8字型娩出術を施し、さらにミューラーの方法により上肢を娩出し、さらにファイト・スメリー法(術者の左前膊の上に胎児を馬乗りにさせ、その示指又は中指を児の口中舌根部迄挿入し、児の下顎を強く胸部に引き寄せ、他手の示指と他の三本の指を児の後方から、両側の肩に掛けて児をまず後下方に牽引する。その際、助手をして骨盤誘導線の方向に子宮底を押させる。)により児頭を娩出した。その際、控訴人は看護婦に子宮底を押させた。
なお、子宮口全開後から胎児娩出までの所要時間は約五〇分であった。
8 出産時、被控訴人は、体重三五五〇グラム、胸囲三五センチメートル、頭囲三七センチメートルであり、第二度仮死((イ)皮膚は蒼白色蝋様で冷たく、口唇のみは青色を呈する。(ロ)筋肉は全く緊張を失い、柔軟で、四肢は垂れ下がり、口および肛門は開き、吸引運動及び括約運動を欠き、器械的又は寒冷刺激に対して反射運動を起こさない。(ハ)産瘤は弛緩して軟かい。(ニ)呼吸は全く認められない、このようにほとんど屍体と同様であるが、(ホ)ただ、心拍動のみが存在する、ただし、この心拍動も著しく微弱でかつ極めて緩徐である。)の状態であったが、酸素吸入を行い、水を掛けたり背中をたたいたりしたところ、蘇生した。
9 控訴人は、右出産当日の夕方、被控訴人の右上肢の分娩麻痺に気付いたので右上肢を挙手の敬礼をした位置に固定した。そして、和代は、出産後七日目に退院したが、被控訴人の分娩麻痺は右退院時においても治癒せず、被控訴人は右上肢を前記のように固定したままで退院した。控訴人は、昭和四四年五月二四日、和代から被控訴人が斜頸ではないかとの訴えを受けたので、調布市の小沢整形外科病院を紹介した。そこで、被控訴人は、同月二六日、小沢医師の診察を受け、同病院で右上肢の分娩麻痺の治療(注射、ギブス等)を受けたが、四か月を経過しても好転せず、同医師から手術を勧められた。
しかし、和代は、手術に賛成することができなかったので、控訴人に相談し、控訴人から国立小児病院の紹介を受けて、以後同病院において右上肢分娩麻痺の治療が行われている。
10 被控訴人は、昭和五〇年六月一七日、東京都より身体障害者等級第三級の障害者と認定されたが、右障害(上腕神経叢麻痺)の発生原因は、頭部娩出の際の牽引による上腕神経叢の過度の伸展ないし断裂にあると推認される。以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
なお、和代は、原審における本人尋問において、被控訴人代理人の「逆児ですから足から出てきますね。」との質問に対し「はい」と答えて肯定している部分があるが、右応答の内容からみて、右供述が正確に骨盤位のうちの臀位と足位とを区別しての応答であったとは認め難く、和代自身が被控訴人の分娩に際し、被控訴人の胎位(足位であったか臀位であったか)を明確に確認していたものと認めるに足りる証拠はないので、和代の右供述は、被控訴人の胎位が第一臀位であったとする前記認定の妨げとなるものではない。
また、控訴人は、原審における本人尋問において「被控訴人の出産当日の午後、被控訴人の母子手帳に、実際には、出産時の状態が第二度仮死という程重いものではなかったのに、控訴人において第二度仮死と記載したが、それは、被控訴人の出産に当たって石川医院の従業員を総動員し全力を尽して介助、診療に当たったので、そのことを被控訴人の両親に知ってもらいたい気持があったからである」旨供述しているが、右のような理由でそのような事実に反する記載をすることは、極めて異例のことである上、前記和代の供述に照らすと、控訴人の右供述はたやすく採用することができず、他に特段の立証がない以上、被控訴人の出産時における状態は、母子手帳に記載されているとおり、第二度仮死と判定される状態であったと認めるほかはない。
なお、《証拠省略》によると、骨盤位分娩における新生児仮死の特徴は、胎児娩出直前までは、胎児仮死の徴候が全くないのに児頭娩出のときに生じた臍帯の圧迫によって、胎児への臍帯血流が一時的に停止して生じる急性の低酸素症によるものであり、みかけは重症仮死例にみえてもその直前までの状態が良好であったので仮死蘇生術によく反応し、蘇生するという特徴を有していることが認められ、これに反する証拠はない。
また、本件においては、被控訴人の分娩前、和代の骨盤の大きさ(産科真結合線)と被控訴人の頭の大きさ(児頭大横径)が、正確に測定され、両者の差が厳密に算出されていたと認めるに足りる証拠はないが、《証拠省略》によると、昭和五七年一〇月一四日に撮影した和代(撮影時三七年)の骨盤のレントゲン写真に基づいて測定した和代の産科真結合線は一〇・七センチメートルであったこと、骨盤の大きさは二五歳以後加齢によって多少縮少する傾向があり、その程度は約〇・三センチメートルであること、また、成熟児頭の大横径は平均約九センチメートルであるが被控訴人の出産時における頭囲(前後径周囲)は三七センチメートルで成熟児の平均値三三センチメートルよりも四センチメートル長いので、被控訴人の出産時における児頭大横径は成熟児の平均値より一・三センチメートル長い一〇・三センチメートルであったと推測され、右認定の結果には特に不合理な点があるとは認められないので、出産時における和代の産科真結合線は一〇・七センチメートルないし一一センチメートルであり、これと被控訴人の児頭大横径との差は、〇・四ないし〇・七センチメートル位であったと推認される。
三 そこで、以上の認定事実に基づき控訴人の責任について検討することとする。
1 まず、被控訴人は、本件の場合、控訴人は被控訴人の胎位が骨盤位であり、骨盤の大きさと児頭の大きさの差がわずか〇・五センチメートル位しかないと認識していたのであるから、当然、児頭骨盤不均衡の場合であることを認識し、帝王切開による分娩を行うべきであったと主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によると、控訴人は、被控訴人を出産した当時における和代の骨盤の大きさと被控訴人の頭の大きさとの差を〇・五センチメートル位と判断し、その位の差があれば、経膣分娩が可能であると考えていたことが認められるが、控訴人は、骨盤と児頭のそれぞれの大きさを実際に測定し、その数値を確認していたわけではなく、ただ、漠然と〇・五センチメートルの差があればよいだろうと思っていたにすぎないことが認められる。
ところで、本件出産時における和代の産科真結合線は、前記のように一〇、七ないし一一センチメートルであったと推認されるところ、「分娩障害とその対策」五六ページによれば、産科真結合線が一〇・五センチメートル以上あれば、経産婦では骨盤位であっても問題はなく、初産婦の場合であっても、臀位であれば、経膣分娩が可能であるとされていることが認められ、また、《証拠省略》によれば、骨盤位で児頭骨盤不均衡が疑われる場合であっても、単臀位ないしは複臀位の場合には経膣分娩の可否を決定するために、試験分娩を行うことができるとされており(ただし、《証拠省略》によれば、骨盤位においては児の腹部が先に娩出されるため、外部に出た臍帯と子宮内の胎盤とが連なっており、児頭が産道を通過する際に臍帯が圧迫されて臍帯血流の遮断が生じ、急性の低酸素症による仮死状態が生じるので、このような状態を避けるため、骨盤位の場合は、骨盤の最短前後径と児頭大横径との差を頭位の場合より〇・五センチメートルないし一・〇センチメートルの余裕をみるべきであり、骨盤位の場合は骨盤の最短前後径が一一・〇センチメートルないし一一・五センチメートル未満が問題になることが認められる。)、その場合臀部が骨盤に嵌入しにくかったり、嵌入しても同じ位置にとどまって遷延するときには帝王切開に切り換えるが、臀部が骨盤に容易に嵌入して分娩が進行すれば、経膣分娩を行うことができるとされていることが認められ、右事実と前記二において認定したような本件分娩開始前後における和代の身体状況、胎児の胎位(第一臀位であったこと)、分娩の経過(肩甲部までの娩出は比較的順調であったこと)及び被控訴人は蘇生術によって蘇生したことなどにかんがみると、本件は、児頭骨盤不均衡の疑いは強かったが、児が生産したので試験分娩は成功したものと考えるのが相当である(前記鑑定の結果も同意見)。
2 なお、《証拠省略》によると、産科医としては、骨盤位分娩について高度の技術と学問的研究が必要であるとされていることが認められるところ、控訴人は、《証拠省略》において、骨盤と児頭の大きさの差がどれだけあれば安全に経膣分娩を行うことができるかについては、不勉強でよく分らなかったと供述している。
しかしながら、《証拠省略》によると、控訴人は自らの判断に不安があったため、前記のように控訴人の出身校の医師である石居医師らに和代のレントゲン写真を見せて同医師らの判断を仰ぎ、同医師らの経膣分娩可能との判断を得ていたこと、控訴人の撮影したレントゲン写真は、和代の側面像であり、これにより産科真結合線、最短前後径、仙骨形態など、骨産道の重要径線の大きさを知ることが可能であり、これと成熟児頭の大きさの平均値とを比較することによって児頭骨盤不均衡の有無を推測することができたはずであり、控訴人から和代のレントゲン写真を見せられた前記医師らも右のような観点から経膣分娩が可能であると判断したものと推認されること(鈴村鑑定人も、和代は昭和四四年当時狭骨盤ないし比較的狭骨盤であったとは認められないと鑑定している。)、控訴人は、右のような助言を得た上、さらに分娩当日は石居医師の援助を求め、前記のように、同医師が主体となって本件分娩を行ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 さらに、被控訴人は、骨盤位の場合は、分娩前にレントゲン撮影を行い、これによって児頭と骨盤の大きさを確認し、分娩時までの児頭の成長も考慮して分娩時の骨盤の大きさが児頭の大きさよりも一センチメートル以上大きいか否かを計測し、児頭骨盤不均衡の有無を把握する義務があったと主張しているが、《証拠省略》によれば、骨盤の大きさの個体差は二センチメートルないし四センチメートルであるのに対し、児頭径線の個体差は数ミリないし一センチメートル以内であること、現在では児頭計測の優れた方法として超音波断層法が使われるようになっているが(ただし、いまだ超音波断層装置が普及しつつあるという段階であり、児頭骨盤不均衡の判定方法としてこの方法が一般化されるのは近い将来のこととされている。)、昭和四四年当時は超音波による計測は一般には行われておらず、児頭のレントゲン写真による計測はレントゲン線暴射の問題があってむしろ回避されていたこと、したがって昭和四四年当時は、児頭の大きさを正確に計測することが困難であり、計測値と実際値との間の誤差も大きいため分娩予後の判定に当たっては、骨盤径線の計測値が有益であるとされ、それが骨盤位分娩の予後についての一つの判定基準とされていたことが認められる。そうとすれば控訴人が被控訴人の分娩に際し児頭の大きさを計測すべきであったと断定することは困難である。なお、「産婦人科シリーズ」には、「骨盤位分娩であればX線骨盤計測ならびに児頭計測を行って分娩に対処するのが理想であると信ずる。<中略>骨盤位では本当の意味の試験分娩は不可能であるから、骨盤位分娩に臨むに当たっては骨盤計測とくに児頭計測と併せての児頭通過性の判定が重要である」(同書六〇ページ)との記載があるが、他方「しかし臀位に関してはある程度試験分娩導入が可能であるとするものもいる。また骨盤位では分娩時の児頭応形機能を含めて児頭骨盤内回旋が明確にされていない。このようなことから、とくに骨盤位分娩のCPD判定は諸説があって今日定説とされるものはない。そこで本項では各研究者の諸説の一部を紹介し、そのいずれによるかは読者の判断にまかせたい。」(同書六六ページ)との記載もあることが明らかである。
また、「日本産婦人科全書」二四巻二号には、骨盤位分娩の場合、臀部は嵌入できても児頭の嵌入が困難な例が多いので試験分娩は経膣分娩が可能か否かをテストする方法としては全く価値がない、との記載(同書二七二ページ)があるが、同書においても試験分娩が有用であるとする学説の存在がうかがわれ、また、骨盤位分娩に関する世界各国の処置その他に関する種々の統計の結果はまちまちであって一致しておらず、処置その他に関する臨床家の意見が一致していない(同書二六八ページ)ことが認められる。
以上認定したところによれば、控訴人が骨盤位分娩について研究不足であり、和代の骨盤のレントゲン写真を撮影しただけで、その大きさと児頭の平均の大きさの差が〇・五センチメートル以上あるから経膣分娩可能と判断し、それ以上に骨盤と児頭との差の計測を行って児頭骨盤不均衡の有無を確認する措置をとらなかったからといって、これをもって直ちに控訴人に診療上の義務違反があるということはできず、まして本件では前記のとおり経膣分娩を完了し得たのであるから、控訴人が帝王切開の方法をとらなかったことをもって、右義務違反による債務不履行又は不法行為の責任を問うことはできない。
4 ところで、《証拠省略》によれば、右に述べた経膣分娩可否の判定は、胎児の生死を基準とするものであって、分娩麻痺の発生を防止する見地からなされるものではないことが認められるところ、被控訴人は、分娩麻痺を避ける見地からも経膣分娩の可否を検討すべきであったと主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によれば、上腕神経叢麻痺には、第五、第六頸髄枝の侵される上位型(エルブの麻痺)と第七、第八頸髄枝と第一胸髄枝の侵される下位型(クルンプケの麻痺)とがあるが、上腕神経叢麻痺の約九七、八パーセントは上位型であり、その多くは一時的な麻痺で数週日で完全に回復するとされていること、麻痺が残った場合には六歳ないし八歳以降において機能再建手術の途が残されていること、上腕神経叢麻痺は、分娩時における児頭又は躯幹の強い牽引によって生じやすいものであるが、それほど強くない牽引によって生じることもあり、その発生率は文献上分娩の〇・一パーセント前後とされており、骨盤位の場合には多少多く、その発生率は、〇・二ないし三・六パーセントといわれていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右のように上腕神経叢麻痺の発生率は極めて低く、また上腕神経叢麻痺の大部分は治癒するものであること並びに《証拠省略》によれば、一九五五年以後、骨盤位の場合の帝王切開が増加していることが認められるが、帝王切開は母体に対する不可避的侵襲を伴い、いわゆる帝切児症候群といわれる疾病を伴う危険性もあり、極力自然分娩(経膣分娩)が望ましいとされていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないことなどを合わせ考えると、上腕神経叢麻痺を回避するために経膣分娩を回避し帝王切開をすべきであるとする被控訴人の主張を直ちに採用することはできない。
5 次に、被控訴人は、仮に、本件分娩において児頭骨盤不均衡があったとはいえないとしても、本件では児頭と骨盤との差が僅かであったのであるから、経膣分娩を行うにあたり、控訴人としては、被控訴人の分娩に際し、上腕神経叢等の損傷による分娩麻痺を避けるため、被控訴人の肩と頭部とが過度に伸展しないよう適切な介助を行って分娩すべき義務があったのに、控訴人はこれを怠ったと主張するので、この点について検討するに、前記二7において認定したように、石居医師は被控訴人の頭部娩出に当たり、ファイト・スメリー法を用いたものであるところ、「最新産科学異常編」には、ファイト・スメリー法を行う場合の注意事項として「この場合注意すべきことはきわめて静かに行うことである。鼻孔が娩出した後は急ぐ必要がないのみならず、ことに前項の会陰通過は特に緩やかに行わねばならない。また口腔内に挿入した指を強く引いてはならない。なお外手の指をもって強く鎖骨上窩を圧してはならない(略)。この場合、助手に児頭を恥骨上から圧下させるとよい。以上で成功しない場合には後続児頭の鉗子分娩を行う。」(同書一九五ページ)と記載されており、また前出甲第一七号証(「日本産婦人科全書」二四巻二号)には「中等度の用手牽引を試みて失敗した場合には、更にこれを強行することなしに、鉗子分娩を行うべきである。この様な強力な牽引を行う場合には鎖骨骨折、胸鎖乳頭筋M. Sternocleido-ma-stoideusの筋線維断裂と血腫形成、推骨の脱臼、Erd氏麻痺などの損傷を来たし、児は死亡するかあるいは一生の不具を残す危険が大きいからである。この様な例に対しては後属児頭への鉗子分娩が極めて理論的であり、且つ効果的である。また、凡ての骨盤位分娩に際しては常に鉗子分娩の準備を整えておくべきである。骨盤位分娩時の後属児頭の娩出が中等度以上困難な場合にはVeit-Smellie氏法よりも勝れているとの報告が多く、H. E. Schmitz; W. J. Dieckmann; P. H. Arnot; H. H. Ware et al等も稍々困難な例に対しては後属児頭の娩出には何れも鉗子を使用している。E. B. Piper & C. Bachamとはこの後属児頭の娩出に極めて便利なPiper氏鉗子を考案したが(略)、J. E. Sarageは後属児頭にはこのPiper氏鉗子を常規的に使用し、極めて良好な結果を得たと報告している。」(同書三四五、三四六ページ)と記載されており、右各記載によれば、ファイト・スメリー法は、児頭娩出が比較的困難でない場合に適用されるものであり、しかもその適用は極めて静かに緩やかに行うべきものであること、そして児頭娩出が中等度以上に困難である場合は、ファイト・スメリー法を強行すべきではなく、これを強行すると本件で問題になっているエルブ氏麻痺すなわち上腕神経叢麻痺(上位型)その他の重大な損傷を発生する危険が大きく、したがって、このような場合には、産科医としては、ファイト・スメリー法を強行せず、鉗子分娩(大きな消毒したタオルを縦にたたんでおいて、両側上肢が娩出された後に躯幹を両上肢とともにこのタオルで包み、助手にそのタオルの両端を一手で持ち上げさせ、他手で児の両足を持ち上げさせ、児頭に鉗子をかけて娩出する方法。前出甲第一七号証三四六ページ参照)の方法を採用し、もって胎児に対する重大な損傷の発生を未然に防止すべき診療上の注意義務があると認めるのが相当であり、右認定に反する証拠はない。
そこで、石居医師の行った頭部娩出の方法が右注意義務に違反していなかったか否かについて検討するに、前記鑑定の結果によれば、本件においては、胎児が平均よりやや大きく、児頭も大きかったのに対し、レントゲン骨盤計測による産科真結合線が多少短かく、児頭娩出の際の牽引が強かったことが推測されること、骨盤位分娩の際には、産道と児頭の間に狭まれた臍帯の圧迫を早く解消するために、児頭娩出を急ぐことが多く、その結果、児の頸部に強い牽引、圧迫が加わり、上腕神経叢麻痺をおこすことがあること、実際に、上腕神経叢麻痺が発生した場合には、児の救命のために、暴力とも思われる強い牽引、圧迫を加えざるを得ない場合があること、そして本件上腕神経叢麻痺は、後続児頭の強い牽引によるものと考えられることが認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右事実と前記二8認定のように、被控訴人が第二度仮死の状態で出生した事実をも考えると、被控訴人の頭部の娩出は中等度以上に困難な状態にあり、鉗子分娩を適用すべき場合であったにもかかわらず、石居医師は、ファイト・スメリー法を強行したものと認めるのが相当であり、石居医師の右行為は、前記注意義務に違反し、不法行為を構成するというべきである。
そして、前記二において認定したところによれば、控訴人は、石居医師に本件分娩の援助を依頼、同医師と共同して本件分娩を行ったものであるから、控訴人においても、当然前記のような職務上の注意義務を負っていたというべきであり、本件においては、ファイト・スメリー法を回避して鉗子分娩法を行うべきであったにもかかわらず、控訴人は石居医師がファイト・スメリー法を行うのを容認し、看護婦にその介助を指示したものであって、結局、石居医師と意を通じ合ってファイト・スメリー法を強行したものというべきである。したがって控訴人も右不法行為の責任を免れることはできない。
ところで、鈴村鑑定人は、前記鑑定において、胎児が新生児仮死になる危険性が強い場合には、児の救命のために娩出を急ぐ必要があり、頸部に強い牽引、圧迫を加えることがあるが、このような場合には、児の救命のためにそのような措置も止むを得ないと考えられ、これを分娩介助術の過誤とするには問題があるとの意見を述べているが、児の救命のために娩出を急ぐ必要がある場合であっても、その娩出に当たってはより安全な適切な方法を選択すべきであることはいうまでもないところであり、その選択を誤り、危険の発生が予想される不適切な方法により分娩を強行し、その結果、現実に被害が発生したと認められる場合には、やはり過失の責任を免れることができないというべきである。したがって、右鑑定人の右意見を採用することはできない。
6 なお、被控訴人は、骨盤位の経膣分娩の際、児頭が骨盤狭窄部から安全に娩出される見込みがないことが判明した場合には、直ちに帝王切開による分娩を行うべきであると主張しているが、産婦人科シリーズ「骨盤位分娩」五九ページによれば、躯幹の大部分又は全部が娩出された後に後続児頭の娩出が不可能となった場合はもはや帝王切開の及ぶところではないとされていることが認められ、これに反する証拠はないところ、前記認定のように、本件においては頭部を残して躯幹の大部分が順調に娩出されていたのであるから、その後において帝王切開に切り替えるということは不可能であったというべきである。したがって、被控訴人の右主張を採用することはできない。
四 そこで被控訴人の被った損害について検討する。
1 逸失利益
(一) 就労可能年数
《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和四四年五月三日生れの男子であり、満一八歳から満六七歳までの四九年間は就労可能であると認められ、これに反する証拠はない。
(二) 収入
《証拠省略》によれば、労働省労働統計情報部発行の昭和五八年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者の産業計、学歴計、企業規模計の平均給与額は年間三九二万三三〇〇円((イ)きまって支給する現金給与額二五万四四〇〇円、(ロ)年間賞与その他特別給与額八七万〇五〇〇円)であり、被控訴人は、右就労可能期間中、平均して右程度の収入を得られたものと認められる。
(三) 労働能力の喪失
《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和五〇年六月一七日、右上肢の分娩麻痺による障害により「一上肢の機能の著しい障害」がある者として、身体障害者等級第三級の認定を受けたこと(ただし、前記三4において認定したように、分娩麻痺は治癒可能とされており、機能再建手術の途も残されている。そして、被控訴人は現在国立小児病院へ週一回通院し理学療法を受けているが同病院では、時間はかかるが、頑張って治療を受けるようにと言われている。)、被控訴人の父は八百屋を営業しており、被控訴人(長男)が家業を継ぐことを望んでいるが、母和代は現場仕事は無理だと思うので、頭を使ってできる仕事ができればよいと考えていること、被控訴人の身長は、クラスで一番大きい方であり(小学校五年当時)、右手は不自由であるが、左手が発達し、文字も左手で書けることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右事実並びに被控訴人は年齢も若く将来性があり、今後の身体的、精神的発達を期待することができること、本件障害により被控訴人の職業選択に制約が存することは否めないとしても、多種多様な職種の中から適当な職を選び相当の収入を得ることが可能であると考えられることなどにかんがみると、被控訴人の労働能力の喪失割合は五割と認めるのが相当である。
(四) 逸失利益の現価
以上により、被控訴人が喪失した将来の得べかりし利益の前記不法行為時における現価をライプニッツ式計算法により算出すると、次のとおり金一四八〇万九四七六円となる。
3,923,300(円)×0.5×(19.2390-11.6895)=14,809,476(円)
なお、被控訴人は、中間利息の控除はホフマン式計算法によるべきであると主張しているが、本件においてライプニッツ式計算法を採用することが不合理であるとすべき理由はない。
2 慰藉料
本件事案の内容と被控訴人の前記障害の部位、程度に照らすと、被控訴人の精神的苦痛に対する慰藉料は金七〇〇万円と認めるのが相当である。
3 弁護士費用
上記認定の損害と本件事案の内容、審理の経過等に照らすと、被控訴人が控訴人に対し弁護士費用として賠償を求めうべき額は、不法行為時から支払時までの中間利息を控除すべきであることを考慮しても、前記認定の損害額の一割に相当する金二一八万円と認めるのが相当である。
以上により被控訴人の本訴請求は、前記不法行為による損害賠償請求権に基づき金二三九八万九四七六円及びこれに対する右不法行為の日の翌日である昭和四四年五月四日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がないというべきであるから、原判決中、被控訴人の請求を右の限度で認容した部分は相当であり、右限度を超えて認容した部分は失当である。
よって本件控訴は一部理由があるから、原判決主文第一、二項を主文第一項1、2のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用し、原判決の仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを取り消し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 髙橋正 小林克巳)